山古志は隣接する川口地域や小千谷市東山地域と共にその昔から「越後二十村郷(えちごにじゅうむらごう)」と言われていました。
「越後二十村郷」に古くから伝わる闘牛は「牛の角突き」と言われ、牛同士が角を突き合い力比べをするものです。「勢子(せこ)」と言われる綱取りたちが牛の周りを囲み、2頭の牛をけしかけたり、引き離したりして技を競います。ただし、最後まで勝負はつけず、引き分けとして終わらせます。これは、「牛の角突き」をする牛には全て飼い主がいて、それぞれが家族の一員として大事に育てていることから、大事な家族を傷つけたくないという気持ちや、神事における奉納としての意味などからと思われます。